クロアチア

スロベニア

ボスニアヘルツェゴビナ
クロアチア・スロベニア・ボスニアヘルツェゴビナ 3カ国周遊10日間
2011年11月15日(火) 8日目 

8日目

11月15日(火)

午前/スロベニアを代表する観光地ブレッドへ。

「アルプスの瞳」【ブレッド湖観光】<約1時間30分>
鳴らせば願いが叶うと伝えられる鐘のある◎聖マリア教会、崖の上にそびえ立つ優雅な【ブレッド城】の遠景もご覧頂けます。

その後、ポストイナへ。
午後/ヨーロッパ最大規模の◎ポストイナ鍾乳洞をトロッコ列車と徒歩で観光します<約1時間30分>。

観光後、リュブリャーナへ。
20:30/ホテル着。

【宿泊地:リュブリヤーナ泊】


LEV INTER CONTINENTAL
※日本語
集合時間までにまだ時間があるのでホテル周辺をぶらついてみた。
霧が出ている。
この季節はいつもこのような天気だそうだ。
昔の大阪市内のスモッグを思い出してしまった。

宿泊していたホテル『LEV』

朝はバイキング形式、さすが5つ★、内容はかなりいい
リンゴが好きなので食べるが、皮をむくナイフがない。
どうも外国では皮のままかじるのが普通のようだ。
それでナイフを持参して使っている。
リンゴの食感に関しては日本のリンゴの方が上

ホテル横にカジノが併設

ホテルの案内標識では5つ星★★★★★
リュブリャナ(英語 Ljubljana, ドイツ語 Laibach, イタリア語 Lubiana, ラテン語 Emona)
 スロベニア共和国の首都。11の特別市の1つにもなっている。
東欧有数の世界都市。
スロベニア国土の中央で、アルプス山脈と地中海の中間に位置し、サヴァ川へとつながるリュブリャニツァ川の河口にある。
北緯46度3分、東経14度30分。
日本の地図でも第一次世界大戦以前の古い地図ではスロベニア語読みのリュブリャナではなくドイツ語読みのライバッハで表示しているものもある。
海抜298m。気温変化は、1月の3.4 °Cから7月の21.9 °Cの間である。
平均年間雨量は1350mm。
 引用:フリー百科事典Wikipedia【詳細

エヴァンジェリカル教会

霧で視界が効かない、スモッグではないので情緒がある

公園の前の売店は早朝から開いている
今日はリュブリアーナに近い、ブレッド湖とポストイナ鍾乳洞の2カ所の観光に向かう。
リュブリアーナ市内を抜けると天気は快晴。
ブレッド湖には雲一つなく絶景。
現地ガイドによれば昨日は霧で何も見えなかったそうだ。

快晴で湖面も静かで青々していた。真ん中に見えるのがブレッド城
ブレッド湖(スロベニア語: Blejsko jezero、ドイツ語: Veldeser See)
 スロベニア北西部ユリアン・アルプスに位置する氷河湖で、ブレッドに隣接する。
リュブリャナ空港から55km、首都リュブリャナからは35kmの場所に位置する。
この地域一帯はスロベニアを代表する観光地である。
 ブレッド湖は長さ2,120m、幅1,380mで最も深い箇所で30.6mある。
ブレッド湖周辺は風光明媚な環境で、山並や城の景色が広がる。
湖北岸には中世のブレッド城があり、湖にはブレッド島が浮かぶ。
 この島はスロベニアでは唯一の自然の島であり、いくつかある建物のうちメインとなるのは、
聖マリア教会(Cerkev Marijinega vnebovzetja)で15世紀に建てられた。
52mの塔と99段の階段がある。
また、教会では定期的に結婚式も行われている。
引用:フリー百科事典Wikipedia【詳細

この島にある聖母被昇天教会まで手こぎの船で行く

てこぎの船、ベネチアのゴンドラ乗りと競技会あるそうです

こんな風にしてボートを漕いで島に渡ります
この教会で結婚式をあげる新郎はこの階段を花嫁を腕で抱いて登るのが伝統になっているそうです。
したがって挙式前に男性は腕を鍛え、花嫁はダイエットに励むそうです。 

聖マリア教会St. Mary's Church 
 
このドアは信者用のドアで観光客は入れない
"INRI"とは"ラテン語で
"IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM"の略
『ユダヤ人の王、ナザレのイエス』、罪状書き 
 教会には聖母マリアの人生を描いたフレスコ画が保存されている。
南北の壁にはマリアが成人するまで、マリアを訪問する父ヨアヒムとその妻アンナの物語が描かれている。
バロック様式の主祭壇は、1747年に作られた。
三つの古い祭壇(聖セバスチャン、聖マグダレナ、聖ミカエル)は1699年から
ミハエルクーサの工房で彼の死後に作られたものである。
祭壇上の絵はヴェネツィアの学校の芸術家達の作である。

天井から出ているひもを引っ張ると鐘が鳴るが、
少しひっぱるのにこつがいる。
この鐘を鳴らしながら願い事をするとかなうという言い伝えがある。
鳴らすのにすこしこつがいり、鳴らすのに夢中になって願い事をするのを忘れる人があるそうです。 
 
ひもの引っ張り方の注意書き

あるロシア人のカップルは新婦の体格がよすぎて抱えなくてもよいと言われたそうだ。

教会内部
祭壇の両脇にこの教会に寄進したブレッド領主ヘンリックU世とその妻クニグンダの像がある。

キリストが割礼を受けている壁画
(珍しいそうです)

願いが叶わず尼僧になった女性の像

帰りです
【希望の鐘の伝説】
盗賊に夫を殺された若い妻がブレッド城に住んでいた。
彼女は自分が持っていた金銀を集め島の教会のために鐘を鋳造した。
しかし、鐘を島に船で運んでいた途中で激しい風で船が転覆し鐘は湖に沈んでしまった。
それを悲しんだ女性はローマに行き、修道院に入ってしまった。
女性の死後、ローマ法王は島の教会にために新しい鐘を作らせた。
島の教会の鐘を鳴らして聖母マリアに祈りを捧げるとその人の願いが叶えられるという。
※少しガイドさんの説明と違うように思うが、パンフレットにはそう書かれていた。

昼食のレストラン『ERASUS EPIC』ボーリング場に併設

内部はビヤホールのような様子

今回の旅行では新鮮野菜がよく出るので助かる

メインのターキー

デザートのパンナコッタ
昼食後、ポストイナ鍾乳洞に向かう
鍾乳洞の見学後に感じたのはすごい鍾乳洞だったということ、ここは一見の価値がある。
ポストイナ鍾乳洞Postojna Cave
  ポストイナ鍾乳洞は20キロの長いカルスト洞窟で、蜘蛛の巣状の地下通路で形成されている。
約200年間に3300万人以上の人が訪れている。
この鍾乳洞はヨーロッパで古典的なカルスト洞窟では最大級であるとともに
もっとも多くの鍾乳石が見られる洞窟でもある。
その歴史の中で、多大な労力と忍耐でこの地下の世界を
さらに奥へと突き進んでいく大胆な探検家に大きな課題を提起している。
最も興味深い通路は、1818年にルカらによって発見され、
1年も待たずに観光できるまでに整備された。
新しく発見された洞窟部分はそれほど時間かからず公開されてきた
ということは洞窟管理の先進性が信頼に値するということでもある。
 以前は、入り口から近い部分しか道がなくそこしか行くことが出来なかった。
そこには13世紀からの訪問者の署名が記録されていた。
1872年に、洞窟内にトロッコの線路がひかれ、1884年に電化された。

今日では、訪問者が通路や洞窟を見ることによってどのようにして洞窟ができあがったのかを学び、
洞窟の床から伸びた石筍や天井からぶら下がった鍾乳石の見て、
どのよにして柱のような、カーテンのひだのような、
これらのすばらしいものが形作られたのかを考えることで好奇心がわいてくる。
洞窟は、段差やアップダウンもほとんどなく簡単にアクセスできる。
どうくつの一部はトロッコで一部は徒歩で観光することになる。

ポストイナ鍾乳洞入り口

鍾乳洞奥へトロッコで行く、狭いところでは天井に頭をぶつけそう

ロシア橋
第一次世界大戦時ロシア人捕虜が架けた橋
天井からぶら下がる鍾乳石はスパゲッティと呼ばれる

ブリリアント(輝き)、白く表面が輝くという
ことだがいまひとつ・・・・
ポストイナのダイヤモンドと呼ばれるそうだ?
 
トロッコを降りた駅の周辺はコンサートホールと呼ばれるこの鍾乳洞の一番大きな空間である。
高さ約40m、面積300平方mあり、1万人収容可能である。
音の反響はよく、約6秒の残響があり、クラシックのコンサートが開催される。

コンサートホールでの観光客のコーラスグループの合唱
帰りも同じ経路かどうか分からないが再度トロッコに乗り込んで引き返す。
省エネのためか係員が照明を消していた。

帰りのトロッコ

この洞窟のマスコットプロテウス
(ギリシャ神話の海の神)
この鍾乳洞に棲息する珍しい生物で有名なのはホライモリ(Proteus Anguinus)、別名類人魚で、昔の人はドラゴンの子供だと思っていた。
目は退化してなくなり、えら呼吸と肺呼吸の両方が可能である。
1年くらいはなにも食べなくても生存でき、寿命は80年〜100年と言われている。
水槽に入れられたプロテウスは2ヶ月毎新しいものと入れ替え、
前のものは鍾乳洞内に戻されている。
残念ながら水槽のプロテウスは暗くて撮影できなかったので
下記のYoutubeの画像で参照ください.
これで今日のメインの見学は終了。
再度、リュブリヤーナに戻った。かなり、外は冷える。
吐いた息が白くなる。
買い物をしたいので夜の食事はキャンセルして夜の市内をぶらついてみた。
治安はかなりよいとのことで安心して歩けた。

リュブリヤーナ大学

大聖堂

三本橋

三本橋
三本橋(Tromostovje、トロモストウイエ)
リュブリャニツァ川にかかっており、首都リュブリャーナのシンボルである。
1280年からこの場所には木製の橋があったが、1657年の火災で壊れ、再建された。
新橋の設計はイタリア人建築家ジョバンニ・ピッコによって行われた。
当初は石のアーチ橋はであったが、1932年にスロベニア人の建築家ヨジェ・プレチュニックによって
両側に歩行者専用の橋がつけ加えられた。
以後、中央と両側に計3本の橋となり、三本橋と呼ばれるようになった。
引用:フリー百科事典Wikipedia

19世紀の詩人、プレシェーレン(1800〜49)の銅像
彼の詩はスロベニア国家の歌詞となっている

フランシスコ教会
ピンク色の外壁が特徴

旧市街、市庁舎前の広場
霧が濃くてリュブリヤーナ城は見えなかった。

旧市街、なかなか情緒があっていい感じ・・。
時間があれば昼間に来たかった。

市庁舎
建物の壁にあった胸像
午後8時頃になったのでどこかで食事をしようと辺りのレストランを見てみた。賑やかな店は若者向きでちょっと入りにくい。
底冷えがして体が冷える。
どこでもいいかと ゴスティルナ・シェースティツァというレストランに入った。
客は少し入っていた。内部は広くてなかなか雰囲気がいい。(地球の歩き方にも紹介されていた)
料理はスロベニア料理のようでまず生ハム、ビール、ビーフシチュー(?)を注文した。
ビールと生ハムはいいがビーフシチューは少し冷えた感じで肉も少なく、あまり美味とは言えなかった。そこでピザがあるかと聞いたがないとのことだった。
カプチーノとケーキ(例によってアップルパイ)を食べて終了した。
ちょっとここへ入ったのはまずかったか・・・。
分からない時はピザを食べた方がよかった。

団体で行かないと何を注文していいか分からない
※インターネット検索によると日本でのスロベニア料理店は京都にある『ピカポロンツァ』1軒ということだ。
ピカポロンツアとはスロベニア語でテントウ虫のこと。
※大阪には一軒だけクロアチア料理の店『新町モスト』(福島区)があるそうです。

ゴスティルナ・シェースティツァ

レストラン内部

意外とスロベニア、クロアチアのパンはうまい

生ハム、少し食べたので少なくなっている
ケーキは食べてしまってから、
撮影を忘れたのに気がついた

中身の少ないビーフシチュー様
厚焼きたまごみたいなものは何?

市庁舎の近くにあるソコル(SoKol)と
いうレストラン
スロベニア料理で有名らしい。
入ろうかと思ったが客が入っていないので
やめた。

街頭で花を売っていました。
とにかく冷える。
真冬並みの寒さだった。
食事を終えてホテルに戻り、明日の荷造りをして、風呂に入り寝た。