「結核医療の基準」の見直し
平成14年6月
 日本結核病学会治療委員会
1.はじめに
 わが国の結核対策は結核予防法に基づいて実施されている。また,その医療内容はわが国最初の「ガイドライン」ともいうべき同法施行規則第22条の規定に基づく「結核医療の基準」(以下,「基準」と略す)に規定されており,現行の「基準」は1996年4月1日より実施されている。

 その後のわが国の結核に関する疫学指標の推移や新たな多剤耐性結核(MDR−TB)対策を含む結核病学の進歩等を鑑み,より適切な結楔医療の推進に向けて,日本結核病学会治療委員会は「基準」の見直しを議論してきた。

また,2001年4月の第76回日本結核病学会総会においてもシンポジウム「結横治療指針の評価」が取り上げられ,現行の「基準」のうち,初回治療例に対する治療上の問題点がいくつか指摘された。
 当委員会は前委員会(委員長大泉排太郎)での議論とこのシンポジウムの成果を踏まえ,現行「基準」を見直し,新たな改正案を提案することとした。

2.「基準」見直しの視点
 現代の結核治療の基本的目標は結核患者の体内に生存する結核菌を撲滅することである。この目標を達成する
ためには,患者の結核菌に有効な(感受性のある),作用機序の異なる抗結核薬を3剤以上組み合わせた多剤併用療法を少なくとも6カ月(180日)間継続して投与することが不可欠である。この長期に及ぶ治療を完遂するためには,何より投与される抗結核薬が患者にとって安全でなければならない。
 不確実な治療の結果として生じる新たな多剤耐性結核患者の発生を極力抑止するため,結核治療の安全性の確保と確実な治療の完遂をキーワードとして,現行「基準」のうち,主に初回治療患者の治療内容の見直しを行った。

3.抗結核薬の区分について
 わが国で現在使用可能な抗結核薬を,その抗菌力と安全性に基づいて,
@First line drugs(a):最も強力な抗菌作用を示し,菌の撲滅に必須の薬剤;RFP,INH,PZA
AFirst line drugs(b):主に静菌的に作用し,@との併用で効果が期待される薬剤;SM,EB
Bsecond 1ine drugs:@,Aに比し抗菌力は劣るが,多剤併用で効果が期待される薬剤;KM,TH,EVM,PASCS
の3群に区分する。

 @とAをFirst line drugs,Bをsecond line drugsと区別するのが国際基準であるが,@とAでは明らかに抗菌力に差があり,また,@の3剤にAのいずれか1剤を併用する「強化療法」が治療目的の達成をより確実なものとし,治療期間の短縮も計れること(短期強化療法)から,敢えてFirst−1ine drugsを2群に分けて記載することとした。
 
なお,First line drugsの投与はその有効血中濃度の確保と今後の対面服薬治療法(Directly Observed Therapy:DOT)の普及・促進の覿点から,原則として,1日1回の投与とする。


4.初回治療患者の標準療法について(表)
 感受性菌の場合,First line dmgs(a)3剤とFirst line dmgs(b)のいずれか1剤を加えた4剤併用療法が「菌の撲滅」という治療目標を達成し得る最強の治療法であり,かつ6カ月(180日)間で治療を完了し得る最短(short course)の治療法として,既に世界中に広く普及している。

 一方,First line dmgs(a)のいずれかが使用不可の場合は,新たに選択されたFirst−1ine drugs(b)またはsecond line drugsの1剤を加えた4剤併用療法でも最強の治療法に比し治療効果の減弱は否めず,治療期間の延長が必要となる。

 以上の観点より,初回治療患者の標準療法として,その病型や排菌の如何にかかわらず,表の(A)法を用いて治療することとし,副作用等のためPZAが投与不可の場合に限り,表の(B)法を用いる。 なお,治療当初からのRFP・INH2剤併用療法は活動性結核の治療法としては不十分であり,標準療法から削除する。即ち,耐性化防止の観点から,活動性結核の治療はすべて3剤以上の併用療法を原則とする。

表 初回治療例の標準的治療法
(A)法:RFP+INH+PZAにSM(or EB)の4剤併用で2カ月間治療後,RFP+INH(+EB)で4カ月間治療する。
(B)法:RFP+INH+SM(orEB)で6カ月間治療後,RFP+INH(+EB)で3カ月間治療する。 
原則として(A)法を用いる。 PZA投与不可の場合に限り,(B)法を用いる。

5.治療期間について
(A)法は6カ月(180目)間,(B)法は9カ月(270日)間を標準的治療期間とする。
 但し,粟粒結核病型分類T型などの重症例,3カ月を超える培養陽性例,糖尿病や塵肺合併例,全身的な副腎皮質ステロイド薬・免疫抑制剤併用例などでは各々3カ月(90日)間廷長することができる。
(*:ということは12ヶ月治療ということになるのか)

 なお,4カ月を超える排菌持続例では菌の耐性化を考慮して,直近の菌を用いた感受性検査を再検することが望ましい。

 結核治療の基本は計画された薬剤が予定された期間確実に継続投与されることであり,医療側には計画どおり治療を完遂するための特別な配慮(DOTの導入など)も求められている。
 副作用等のためRFPまたはINHが投与不可の場合は,原則として,結核の専門医に紹介するか相談した上で治療法を変更する。

 但し,わが国には結核医療に関する専門施設や専門医を認定する制度がないので,近隣の専門施設や専門医が不明の場合は最寄りの保健所に相談し,専門医の紹介を受ける。

 また,RFPまたはINHのアレルギー様の副作用(発疹・発熱など)が疑われる場合にはその投与を中止すると共に,副作用の回復後,専門医と相談の上,速やかに「極少量より投与し,漸増する」減感作療法3)を試みることも必要である。RFPとINHの抗菌力から考えて,これらの薬剤の安易な投与中止により治療の長期化は免れず,治療目標の達成が不完全となることも懸念される。

6.妊娠中の女性に対する治療法について
 SMによる胎児への第八脳神経障害が危惧され,また,PZAの胎児に対する安全性は未だ不明であり,妊娠中の女性には両薬剤は用いない。

 妊娠中の女性に対する治療法としては,(B)法のうち,「RFP+INH+EB6カ月治療後,RFP+INH(+EB)3カ月治療」を原則とする。

7.おわりに
 当委員会は現在引き続き,
(1)抗結核薬の標準的投与量の設定:体重kg当たりおよび1日最大投与量
(2)RFPまたはINHの投与不可例の標準的治療法
(3)多剤耐性結核の標準的治療法
について検討中です。 

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