「結核医療の基準」の見直し−第 2 報−  平成15年4月
日本結核病学会治療委員会
結核 78(7):497−499,2003
T.はじめに
 当委員会は現行の「結核医療の基準」(以下,「基準」と略す)について討議を重ね,平成14年6月に主に初回治療患者の標準療法に関する「基準」の見直しの提言を行った。

 当委員会では引き続き,
 1.抗結核薬の標準的投与量
 2.RFP・INH投与不可の場合の標準的治療法
 3.多剤耐性結核の標準的治療法
について検討を重ね,現行「基準」の別表の改正を含め,新たな見直し案を追加・提言することとした。

 現行の「基準」の見直しに併せ,直接服薬確認療法(DOT:Directly Observed Treatment)とPZA併用による短期療法(short Course)がより普及・発展することを切に期待している。

U.「基準」の見直しの視点
 現代の結核医療の基本的目標は結核患者の体内に生存する結核菌を可及的に撲滅することにある。この目標を達成するためには,患者の結核菌に有効な(感受性である),作用点の異なる抗結核薬を少なくとも3剤以上組み合わせた多剤併用療法を最短でも6カ月(180日)間継続して投与することが不可欠である。

この長期に及ぶ治療を計画どおり完遂するためには,投与される薬剤がまず患者にとって安全でなければならない。また,不確実な治療の結果として生じる多剤耐性患者の新たな発生を極力防止するためには,投与される薬剤が患者に有効かつ安全であり,計画どおりの期間治療が継続されることが最も重要である。

 当委員会は治療薬の有効性と安全性,治療の完遂をキーワードとして現行「基準」の検討を行い,以下の結論に達した。

V.新たな提言について
1.抗結核薬の標準投与量
 最短でも6カ月間を要する結核治療が安全かつ確実に遂行され,所期の治療目標を達成するためには,治療継続の主要な妨害要因となる副作用の発現を極力防止することが望まれる。

 抗結核薬にはアレルギー的(様)機序に起因する副作用と共に,薬剤固有の副作用も多く認められる。アレルギー的(様)副作用の発現は予見困難であるが,薬剤固有の副作用は主に薬剤の投与量と関連しており,薬剤固有の副作用の発現を防止するには,「菌に有効で,副作用発現の少ない」投与量を予め設定しておく必要がある。

 当委員会は抗結構薬の体内動態に関する知見,米国胸部疾患学会(ATS)の結核治療に関する声明,長年蓄積されてきたわが国の治療実績,などに基づいて,また,直接服薬確認療法(DOT)と短期療法の普及を推進する観点から服薬を原則1日1回とすること(PAS・TH・CSを除く)とし,成人の抗結頼薬の標準投与量について,1日当たり・体重1kg当たりの標準投与量(mg/kg/day)と1日当たりの最大投与量(mg/body/day)を設定し,新たに提案することにした(表)。  

 ただし,高齢者では一般に老化に伴う諸臓器の機能低下,特に肝機能・腎機能の低下が指摘されている。抗結核薬の多くは肝臓で代謝され,主に腎臓より排泄される(RFPは肝臓より排泄)ため,高齢者にはこれらの機能障害に十分留意すると共に,1日当たりの最大投与量(mg/body/day)の減量も考慮する必要があろう。この点は今後の検討課題としたい。

 なお,既に肝機能障害や腎機能障害を合併している場合は日本結核病学会治療委員会の見解:「肝,腎障害時の抗結核薬の使用についての見解」を参照し,投与量を別途設定する必要がある。

2.RFPまたはINHが投与できない場合の治療法
 RFPとINHは現代の結核治療において最も強力な不可欠の薬剤であるが,菌の耐性化や副作用などのためにこれらの薬剤が投与できない場合には体内の生菌を可及的に撲滅するという初期の治療目標の達成はより難しくなる。′このため,体内の生菌数が最も多いと考えられる治療当初は結核菌に有効とされるフルオロキノロン薬を含めた感受性のある他の抗結核薬を4剤以上併用して治療することが望まれる。

 以下の例示を参考にして,有効な治療薬を複数選択し,多剤併用療法により治療する。ただし,例示した治療薬の一部が投与できない場合には,表の優先順位に従ってsecond−line drugs(表のKM以下の薬剤)またはフルオロキノロン薬(レボフロキサシンなど)から感受性のある薬剤を順次選択し,変更する。ただし,わが国ではフルオロキノロン薬は抗結核薬としては未承認であるため,抗結核薬として使用する場合は,この点を留意する必要がある。因みに抗結核薬があまりにも少ない現状を鑑み,フルオロキノロン薬が速やかに抗結核薬として承認されることを要望する。

 なお,治療期間は標準治療法に準じて,粟粒結核や病型分類Tなどの重症例,治療開始3カ月後も持続する培養陽性例,糖尿病や塵肺合併例,全身的な副腎皮質ステロイド薬・免疫抑制剤の併用例,などはさらに3〜6カ月間延長してもよい。

(1)RFPが投与できない場合の治療法(INH感受性でINH投与可の場合)
 @PZAが投与可能な場合
INH・PZA・SM・EB(・レボフロキサシンまたは感受性のあるsecond-line drugの1剤)4〜5剤で菌陰性化6カ月まで治療し,その後INH・EB(・レボフロキサシンまたは感受性のあるsecond-lineの1剤)の2〜3剤で治療する。治療期間は菌陰性化後18カ月間とする。ただし,SMの投与は最大6カ月間とする。
6H・Z・S・E(・LVFX)→18H・E(・LVFX)


 APZAが投与できない場合
INH・SM・EBにレボフロキサシンまたは感受性のあるsecond-line drugの1剤を加えた4剤で菌陰性化6カ月まで継続治療し,その後INH・EB・Second-line drugの3剤で治療する。治療期間は菌陰性化後18〜24カ月間とする。ただし,SMの投与は最大6カ月間とする。
6H・S・E・LVFX→18〜24H・E・second-line


(2)INHが投与できない場合の治療法(RFP感受性でRFP投与可の場合)
 @PZAが投与可能な場合
 RFP・PZA・SM・EB(・レボフロキサシンまたは感受性のあるsecond-line drugの1剤)の4〜5剤で菌陰性化6カ月まで継続治療し,その後RFP・EBの2剤で治療する。治療期間は9カ月間,または,菌陰性化後6カ月間のいずれか長い期間とする。ただし,SMの投与は最大6カ月間とする。
6R・Z・S・E(・LVFX)→6〜9R・E

 APZAが投与できない場合
 RFP・SM・EB・レボフロキサシンまたは感受性のあるsecond-line drugの1剤の4剤で菌陰性化6カ月まで継続治療し,その後RFP・EBの2剤で治療する。治療期間は12カ月,または,菌陰性化後9カ月のいずれか長い期間とする。ただし,SMの投与は最大6カ月間とする。
6R・S・E・LVFX→9〜12R・E


3.RFPおよびINHが投与不可の場合の治療法(多剤耐性結核症の治療)
 RFPおよびINHの両薬剤が耐性あるいは副作用のため投与できない場合は以下の原則を踏まえて治療する。

なお,多剤耐性結核患者は多剤耐性患者用病室を備え,DOTを実施し,外科治療も可能な専門的医療機関で治療すべきである。また,医療チームは副作用の発現に細心の注意を払うと共に,治療期間が長期に及ぶこと,治療の成功率が必ずしも高くないこと,治療薬剤の副作用やその早期発見方法,治療後の排菌の推移などについて患者およびその家族に繰り返し説明し,治療が完了できるように保健所などとも協力して,バックアップすることが大切である。


 治療の原則
(1)治療当初は投与可能な感受性のある薬剤を最低でも3剤(可能なら4〜5剤)菌陰性化後6カ月間投与し,その後は長期投与が困難な薬剤を除き,さらに菌陰性化後24カ月間治療を継続する。

(2)結横菌の薬剤耐性化は遺伝子の突然変異によるため,菌は薬剤に対し一定の確率で耐性化する。このため,感受性のある一剤のみの変更は容易にその薬剤の耐性獲得に帰結するため禁忌であり,治療薬を変更する場合は一挙に複数の有効薬剤に変更する。

(3)薬剤の選択は表の記載順に従って行う。ただし,SM,KM,EVMは同時併用はできない。抗菌力や交差耐性を考慮し,SM→KM→EVMの順に選択する。また,フルオロキノロンも同時併用はできない。抗菌力や副作用等から,レボフロキサシン→シプロフロキサシン→スパルフロキサシンの順に選択する。

(4)外科治療が可能な患者では治療当初から外科療法を積極的に考慮する。なお,外科治療の成功のためにも,いくつかの有効な抗結横薬が不可欠である。

(5)多剤耐性のうち,INH0.2μg/ml耐性,1μg/ml感受性の場合はINHを投与してもよいが,有効薬剤には数えない。
表 成人の標準投与量と最大投与量
薬剤名
標準量
(mg/kg/day)
最大量
(mg/body/day)
RFP
INH
PZA
10
5
25
600
300
1500
SM
EB※※
15
15(25)
750(1000)
750(1000)
KM
TH※※※
EVM※※※※
PAS
CS
15
10
20
200
10
750(1000)
600
1000
12g/day
500
LVFX※※※※※
8
600

SM,KMの投与量は毎日投与の場合の投与量である。最初の2カ月以内は毎日投与しても可。SM週2回,KM週3回投与の場合は1日最大投与量を1g/bodyとする。

※※EBは最初の2カ月間は25mg/kg(1000mg/day)を投与してもよい(視力障害に注意)。ただし,3カ月目以後も継続投与する場合には15mg/kg(750mg/day)とする。

※※※THは200mg/dayより漸増する。

※※※※EVMは最初の2カ月間は毎日,以後は週2〜3回投与する。

※※※※※LVFXは抗結核薬としては未承認である。RFPまたはINHが投与不可の場合に限り,感受性であれば感受性のある他の抗結核薬との併用も考慮する(ただし,小児や妊婦は禁忌)。

 表は上から下に優先選択すべき薬剤の順に記載されている。なお,SM,KM,EVMの同時併用はできない。抗菌力や交差耐性等から,SM→KM→EVMの順に選択する。