非定型抗酸菌症で治療が必要なときはどんなところを基準としたらよいのでしょうか。また治療薬剤についてもご教示下さい。<静岡県開業医> |
ドクターサロン Vol.48 9 2004より 結核予防会結核研究所研究部主幹 和 田 雅 子 (聞き手 山内俊一) |
山内 先生、この非定型抗酸菌症、これは抗酸菌症で結核以外のものがすべてここに入ると考えてよろしいでしょうか。 和田 そうですね。 山内 昨今いろいろと診断法も進んできておりますので、こういったものの概念といいますか、細かな病名、これもさらに詳しくなってきているんでしょうか。 和田 いまは菌種名をつけて、病名にしております。.例えば肺アビウムコンプレックス症とか、肺カンサシー症とかいっております。 山内 原則的には菌の名前で呼びましょうということですね。 和田 そうです。 山内 抗酸菌症の中での割合はいかがですか。 和田 全国的な統計はないのですけれども、国療研究班のまとめたものですと、抗酸菌症の中の約16%は非定型抗酸菌症であると報告されております。 山内 そこそこの数はいるということですね。 和田 そうですね。 山内 こういった疾患は具体的にどういった形で気がつかれるといいますか、診断されることが多いんでしょうか。 和田 胸の写真に異常があって、粒状陰影が多いんですけれども、なかなかそれが一般の抗生物質でもよくならない。しかも、黙っていてもあまり急激に悪くなる病気ではないということです。 山内 わりに長く続いているという感じで気がつかれることが多いということですね。粒状影というのは最初からはっきりとわかるものなんでしょうか。 和田 大体粒状影プラス浸潤陰影ということなんですけれども、最初のころは肺野の末梢に見られる小さな浸潤陰影とか小さな粒状影で始まる場合があるんです。 山内 それがだんだん広がってくるという感じですか。 和田 そうですね。人によっては、そのままでわりと進行しない人もいるんですけれども、進行する人は空洞ができたりとか、あるいは気管支拡張症になったりとかします。 山内 当然、いかにも結核かなと最初は思うようなところはあるでしょうから、結核のほうの診断に準じていくんでしょうが、こういった病気があるということをまず念頭に置かなければだめですね。 和田 そうですね。 山内 そういったものを念頭に置いた場合、診断のコツなんですけれども、これはどういった形で気がついて進めていったらよろしいんでしょうか。 和田 まず、初めて陰影があらわれた人と、前に結核になったとか、あるいは気管支拡張症だといわれる人というのはちょっと違ってくるんですけれども、初めて陰影が出てきたという方は、あまり菌数はたくさん出なくてもいい。それから3回検査したら2回同じ菌が出る。そういうわりと軽い診断でもいいということにしているんですけれども、もともと既存の肺構造に破壊が見られているような方というのは、6カ月以内に3回以上、培養で同じ菌が同定される必要があるんです。しかも、少なくても1回は100コロニー以上、培養で生えてくる必要があります。 そのときに、菌だけではなくて、臨床症状の悪化も伴うということが条件になっております。 山内 先ほど菌が何種類かは同定されているということでしたが、特異的な菌が1回ではだめなわけなんでしょうか。 和田 1回ではだめなんです。というのは、正常な人でも、痰を検査しますと、ぽっと非結核性抗酸菌が見つかることがあるんです。そういうものはコロニゼーションといっているんですけれども、そういうコロニゼーションと本当の病気とを区別するために、2回とか、あるいは3回以上繰り返し同じ菌が出るということが必要なんです。 山内 そうすると、菌の同定作業が大事ということですね。 和田 そうですね。 山内 オーダーを出すときに必ず菌の同定も、ということですか。 和田 ええ。 山内 最近結核診断では、PCR法も非常に活躍していますが、こちらはいかがなんでしょう。 和田 アビウムコンプレックス症に関してはプローブがありますので、PCR法で診断ができます。それ以外の菌というのは、DDHミコバクテリアという全染色体を使った同定方法を使って同定しております。 山内 CTなどの画像では特異的な所見は得られにくいんでしょうか。 和田 感染症ですから、どんな陰影も出るわけなんですけれども、比較的女性ですと中葉とか舌区(左上葉の下方の肺葉)に拡張症を伴った粒状陰影とか、あるいは全く結核とほとんど区別がつかないような大きな空洞をつくる場合もあります。結核と違って、ちょっと散布陰影が少ない、浸潤陰影が少ないというのが特徴かなと思います。 山内 いずれにしても、そのあたりは専門家でないとわかりにくいかもしれませんね。 和田 そうですね。専門家でもなかなか、画像の所見のみで判断するのは難しいです。間違ってやることがありますので。 山内 どういった患者さんに多いとか、リスクとかはわかっているんでしようか。 和田 多いのは、高齢の女性が多いですね。あとタイプとしては、やせているとか、あるいは神経質だとか、いろいろなことがいわれているんですけれども。 山内 高齢化に従って増えているとみてよろしいんですか。 和田 徐々には増えているんです、日本でも。 山内 さて、ご質問の治療なんですが、いかがなんでしょうか。 和田 実は日本で一番多いのはアビウムコンプレックスという菌なんですけれども、それは効くお薬というのはクラリスロマイシンだけなんです。ですから、いまはクラリスロマイシンと抗結核薬のリファンピシンとエタンブトールを使って、あと菌が多いとか、広がりが多いとかいう場合にはストレプトマイシンとかカナマイシンなどのアミノグリコシドを使うということです。 山内 わりに使う抗生剤は限られている。 和田 限られているんです。 山内 そうしますと、感受性テストをやってもしょうがないんでしょうか. 和田 現在行われている感受性試験は、結核菌に対するものなので、invitroの感受性がinvivoで使った場合の効果とは結びつかないものですからあまりアビウムコンプレックスの場合にはやらないということです。 山内 とにかく使ってみようということで、具体的にはどのぐらいの量をどのようにして使うんでしょう。 和田 投与量は大体抗結核薬に準じて使っていただければよろしいと思うんですけれども、リファンピシンですと体重1kg当たりに10mg、エタンプトールは15mg/kg、ストレプトマイシンは体重によっても違うんですけれども、大体15mg/kgということです。 あとクラリスロマイシンですけれども、実はこれは最初に効くということがわかったのはエイズの播種性MAC症でわかったんです。そのときは少なくとも1000mgを使わないと効果がないといわれました。ところが、日本ではクラリスロマイシンは1日400mgしか使えないんですね、保険では。それで、抗酸菌を専門にやっているところでは自分の病院でお金を出して患者さんに600mg使っていただいている状況なんです。 山内 相当大量療法ということですね。 和田 そうですね。 山内 それをやりますと効くんでしょうか。 和田 それが、いろいろなところで、小規模なんですけれどもデータを出しているんですが、菌の陰性化率は50%ぐらい。やめてからも再発率が多くて、30%ぐらいは再発するという、非常に治療の難しい病気です。 山内 難病ですね。 和田 ええ。 山内 もし効かない場合には、亡くなられることもあるわけですか。 和田 亡くなることもありますけれども、もし若くて病巣が限局していますと、外科療法も試みられているんです。それができなくて、大量の排菌がずっと続いていきますと、5年間に20〜30%の方はお亡くなりになるという病気なんです。 山内 なかなか大変な病気なんですね。治療期間の目安は大体どのぐらいなんでしょう。 和田 治療期間もいろいろなんですけれども、ATSは菌が陰性化してから9〜12カ月というふうに言っているんですけれども、イギリスのほうではもっと長くて、エタンブトールとリファンピシンで24カ月といっているんですけれども、私は個人的には1年半、とにかく頑張るということにしているんです。菌がなくなっても、持続排菌していても、1年半はやりましょうということにしております。 山内 それ以外の非定型の抗酸菌症に関しての治療はいかがなんでしょうか。 和田 カンサシーという菌が全非結核性抗酸菌症の約20%ぐらいあるんですけれども、それですと抗結核薬が非常に効きまして、大体9〜12カ月の治療をやれば、ほとんど100%、菌陰性化ができます。 山内 ただ、このアビウムが一番多いと。 和田 そうですね。多くて治療が大変だという病気です。 山内 非定型抗酸菌症全体に言えるかもしれませんが、ヒトからヒトヘの感染というのはあまりないんでしょうか。 和田 それは絶対ないということは言えないんですけれども、原則的にはない。ですから、接触者検診もやらなくてもいいし、そのために隔離は必要ない疾患とされております。 山内 隔離をしなくてもかまわないということと、それから医療従事者にも特別な配慮はいらないということですか。 和田 ええ、必要ありません。 山内 なかなか大変な病気ですが、将来的を何か希望的な治療法というものの開発はあるんでしょうか。 和田 いまのところ難しいんですけれども、新しい薬剤と、あとは免疫療法をどういうふうに展開していくかということだと思うんです。 山内 必ずしも免疫が落ちているから出てくるという病気でもないんでしょうか。 和田 そうなんですね。局所的に何か免疫の低下があるんではないかと疑われてはいますけれども、はっきりはわからないです。 山内 どうもありがとうございました。 |
※現在「非定型抗酸菌症」の呼び名はふさわしくないとして専門家は「非結核性抗酸菌症」と呼ぶように指導しております。(和田記) |