結核診療の実際(U)  新しい検査法
日本BCG研究所中央研究所所長   矢 野 郁 也
  (聞き手 中村治雄)
 中村 矢野先生、結核の診療に関して、最近新しい検査法がどんどん開発されているというふうに承っておりますが、まず、どんな検査法があるのか、項目を教えていただけますでしょうか。
 矢野 結核は、長年にわたりまして人類の大きな感染症であったことから、ロバート・コツホ以来、検査・診断法とも多岐にわたって研究されてきましたが、基本的には、その診断はほかの感染症と同じように、菌の検出に基づいて行われます。これには患者喀痰の抗酸性染色法(スメアテスト)と培養法がございますが、最近ではこれらを補う目的でPCR等による核酸増幅による遺伝子診断法が取り入れられまして、迅速化が図られております。
 もう一つの方法は結核の免疫学的な診断法で、与れはツベルクリン皮内反応(以下「ツ」反応と略〉です。これは非常に感度の高い方法でございまして、長年使われてきたわけですが、最近は、結核の感染と発病を区別することが難しいということや、あるいはほかの抗酸菌感染症やBCG接種による陽性反応との鑑別が難しいために、「ツ」反応以外の免疫学的診断法も検討されつつあります。その中には患者末梢血中のリンパ球を抗原で刺激して培養し、インターフェロンγというサイトカインを検出する方法もございますし、抗体を測定しまして、結核菌の特異抗原に対するIgGやIgM抗体の反応を見るという方法もいま開発されようとしております。
 中村 細菌感染などを見ていますと、その菌に特異的な抗体を見つけるものがあれば一番いいのかと素人は思うのですけれども、いまの最後の話はその部分になるわけですね。
 矢野 はい、そのとおりです。結核菌は非常に多彩な蛋白質や脂質抗原を持っておりますので、菌種特異抗原あるいは抗酸菌共通抗原を組み合わせて抗体を検出することができます。
 中村 それでは、早速ですが、菌の検出に絡んだお謡をまずご紹介いただきたいと思います。
 矢野 菌の検出には、結核菌特有の染色法であります抗酸性染色法が、一般的で、迅速簡便な方法です。ただ、喀痰中の結核菌は均等な分散が困難なことから、この方法では検出感度が十分ではない。つまり、100%菌が検出されにくいという欠点があり、それにかわる培養法も行われております。ただ、結核菌の培養は時間がかかりますので、診断を早くするにはこれでも不十分であるということで、増幅した核酸を検出する方法で迅速化がはかられています。
 ただ、核酸増幅法でも検出できない場合がありまして、そういう場合には免疫学的な手法がどうしても必要になります。「ツ」反応は先ほど申しましたように細胞性免疫の反応でございまして、結核感染後いったん陽性になるとほとんど陰性化することはありません。治癒後も非常に長期間陽性持続しますのと、BCG接種や環境中の抗酸菌の感染と結核との鑑別が困難なことから、最近では結核菌特異的な抗原を使った新しい診断法が開発されつつあります。
 一つはクオンチフェロンという方法で、これは結核患者(または接触感染者)の末梢血リンパ球を培養しまして、それに結核菌特異抗原による刺激を行って一定時間培養し、それでインターフェロンγの産生を見るという方法で、細胞性免疫に基づく結核感染の特異的診断法であるとされています。
 中村 それは現在感染しているかどうかを見るわけですか。
 矢野 そのとおりです。けれどもヒトの場合、結核に感染しているかどうかだけではなく、臨床症状があって結核の発病が予想されるときは、早期の化学療法を実施する必要がありますので、迅速で確実な診断法が欲しいわけです。結核の発病を早期に診断するためには体液性免疫反応、すなわち血清抗体を測定するのが一番感度がよいと思います。最近そういう測定方法が実用化されつつあり、TBGLキットなども健康保険点数がつけられ使いやすくなりました。ただその性能、すなわち感度等は、まだまだ改善される余地があると考えております。現在、排菌陽性の患者さんですと血清抗体はほとんど90%以上の陽性率で検出され、菌陰性の場合でも80%ぐらいの検出率がありますが、もう少し感度が高くなれば、簡便な方法ですので、コストが安くて、患者さんの診断には非常に有用かと思っております。
 中村 私どもから見て、false positiveなどはかなり少ないんですか。
 矢野 それをできるだけ少なくするために、抗原を組み合わせまして、例えば5種類とか6種類の抗原を組み合わせて、そのうちの少なくとも1つの抗原に反応すれば結核性のものであるという 多重抗原酵素抗体法を現在検討討しております。これを使いますとfalse positiveもfalse negativeも少なくなります抗原を選びますと抗体陽性率は非常に高くなりまして、ツベルクリン並みの感度になります。
 中村 いまのお話は主として免疫学的なツベルクリン反応を中心としたお話かと思います。一部お話しになられたかと思うのですが、血清抗体法というのは先ほど後半でお話しいただいたものになるのでしょうか。
 矢野 結核菌抗原に対する血清抗体の検出法は非常に古くから研究されておりまして、いろいろな人が論文を書いているのですが、実用化されたものがほとんどありませんでした。その理由は、患者さんを診断する、すなわち発病して、すぐ治療を要する患者さんを診断するだけの高い感度が得られていなかったのが一番大きな原因だと思います。単一抗原では、ワクチンでも免疫学的診断法でも患者の遺伝子背景によってどうしても反応性にバラつきが起こります。われわれがこれから開発しようとしているのは、複数の抗原を選んで、できるだけ感度を高めて、患者さんの見落としがないように、活動性結核を正確に診断できるような診断法を確立しようというものです。
 中村 活動性か、活動性でないかというのは、私どもにとっても大変難しい区別かなと思えるのですが。
 矢野 普通、臨床の場では患者さんは、発病して症状が出たときに外来を受診し、胸部レントゲン検査を受けて、異常陰影が見つかって、結核の疑いがあるということで治療を開始するわけですが、感染症の場合、確定的な診断にはやはり菌検出が必要です。PCR法によるDNA検出もこれに類するものですが、喀疾中排菌陰性例ではPCRも陰性となることが多いのです。そのとき抗体による診断が必要となるわけです。このようなとき、抗体検査が菌検出の補助的手段として使われます。またさらに、核酸増幅法はコストが非常に高くつきますので、開発途上国等ではいまでもあまり使われていないというのが実情のようです。
 それに比べますと、血清抗体の検出法は非常に簡単で、短時間で、例えば1時間半とか2時間で結果が出ますし、コスト面では抗酸性染色に次いで安いという医療費の面でメリットがありますので、うまく使いこなせればいいのではないかと思います。
 中村 かなり実用化されている状況ですか。
 矢野 既にマイコドット法という定性的な血清診断法がありますが、ことし初めて、TBGLテストという、日本で初めて開発されました結核菌糖脂質、すなわちTBGL抗原に対する抗体を定量的に測定する検査法が保険点数で採用になりました。
 中村 まだほやほやですね
 矢野 はい。ですから、この分野はこれから発展する分野ではないかと思っております。
 中村 菌検査を行い、ツベルクリン反応を応用し、最終的にはいまお話しいただいた抗体検査で検査の結果を補強することになりましょうか。
 矢野 そうですね。これらを組み合わせて用いると排菌陰性の活動性結核でも正確で迅速な診断ができるのではないかと思っております。抗原の種類を選べば、結核か、非結核性抗酸菌症(例えばMAC症)かの鑑別診断も可能です。
 もう一つの特徴は、抗体検査では、抗体価が病気の経過に応じて、例えば菌が消失していきますと抗体は正常値に近づき低下してまいります。これを補助的に使いますと、排菌陰性になったかどうかということの迅速診断にも使えますので、化学療法を終了していいかどうかということを判断するために菌培養検査のかわりに、抗体検査が使える、という特徴があります。
 中村 それは大変いい方法ですね。
 矢野 はい。このような結核菌抗原に対する抗体を定量的に測定する方法は他にありません。「ツ」反応等では困難です。
 中村 治療の目安に十分なりうるわけですね。
 矢野 将来十分有用な検査法になる
 中村 ほかの感染症では結構長く抗体が高い状態で続いているように思えるのですけれども。
 矢野 抗原の種類や抗体のクラス(IgGとかIgM抗体とか)を選択すれば若干違いがありますが、体液性免疫、すなわち抗体価の変動は結構顕著にみられます。結核の場合はいままで抗体価の変動を測定するような検査法はありませんでしたので、このような方法は新しい診断法といえます。
 中村 保険も通ってきたし、ということで。
 矢野 そうですね。これからは医療費の高騰を抑えながら、迅速でしかも信頼性の高い検査法が必要となってくるのではないでしょうか。ちなみに、既に欧米ではかなり広く何種類かの血清抗体測定法が実用化されております
 中村 粟粒結核なら当然抗体価は高くなるだろうというふうに思うのですけれども。
 矢野 そのとおりです。抗体検査法は、「ツ」反応と異なり、細胞性免疫反応の低下した場合でも陽性となることが多く、エイズ患者やステロイド長期療法患者、高齢者、抗TNF抗体投与患者等でも結核発病の診断に使えます
われわれの例では、これらの患者で明らかに臨床的に結核と診断された(菌陽性)にもかかわらず、「ツ」反応陰性者10例のうち8例は抗体陽性でした。
粟粒結核も劇症の結核の一つで細胞性免疫は低下していると思いますが、この場合も抗体価は上昇します。胸部]線像で結核か他疾患か疑わしい場合(排菌陰性)にも抗体検査は役立つと思います。それから実際に菌が消えますと、複数の抗原に対する抗体価が一斉に低下するという傾向があります。
これは非常に興味あることなんですが
 中村 先ほど5種類ぐらいとおっしやいましたね。
 矢野 はい、抗原を選んで5種類組み合わせますと、人によってその特定の抗原に反応するタイプが遺伝的に異なりますので(ある抗原には反応するが、ある抗原には反応しないということがありますので)、最もいい抗原を組み合わせて5種類ほどの抗原に対する反応性をみると陽性率は著しく高まると考えております。
 中村 それは菌の株の種類ではなくて。
 矢野 菌株の種類も多少影響するかもしれませんが、主にヒトの免疫反応が特定の抗原に対して異なるためであると思います。免疫反応の遺伝的な制御という面からは当然なのですが。
 中村 それは大変おもしろいお話ですね。
 矢野 どのような遺伝的背景の患者がどのような抗原に反応するのかを決定することが、今後の問題でございます。今後、診断医学の面でも新しい「テーラーメード医療」が必要になるのではないでしょうか。
 中村 どうもありがとうございました。