| 2025年7月22日(火) 3日目 |
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| 9:00/ホテル発、サルツブルグ観光。 モーツァルトゆかりの地【世界遺産】サルツブルグ観光(約1時間30分) ◎ミラベル庭園 ギリシャ神話の石像に水しぶきが輝く噴水のまわりに色とりどりの花々が咲き誇りる市民憩いの広場で、 「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台にもなった。 ◎楽聖モーツァルトの生家、彼は1756年にザルツブルグで生まれ、わずか5歳でピアノの作曲を始めたことで神童と呼ばれる 〇ザルツブルグ大聖堂 モーツァルトが洗礼を受けた744年建造、 観光後、インスブルックへ。(190km/約2時間30分) 16:00/インスブルック ホテル着 ------------------------------------------------------- |
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| ミラベル庭園は、1606年に大司教ヴォルフ・ディートリッヒ・フォン・ライテナウが、 愛人サロメ・アルトのために建てた「アルテナウ宮殿」に付属する庭園として誕生した。 当時の教会権力者が公然と愛人のために宮殿を建てるというのは、かなり大胆な行動であり、 後に彼は失脚します。 宮殿はその後「ミラベル宮殿」と改名されました。 ミラベル庭園は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の**「ドレミの歌」**のシーンで 使われたことで世界的に有名になった。 |
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| - これらの石像は、かつてサロメ・アルト(昔の大司教の愛人)の 子供たちの遊び場として設置されたとも言われている。 |
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| カラヤンの住んでいた邸宅 | |||||||
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| ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年にザルツブルクで生まれた。 1967年、カラヤンはザルツブルク復活祭音楽祭(Osterfestspiele Salzburg)を創設した。 彼自身が芸術監督を務め、主にワーグナー作品の上演を目的としたもので、 ベルリン・フィルを伴って毎年春に開催される重要な音楽祭。 彼はザルツブルク郊外に豪邸を構え、複数の別荘やポルシェ、ジェット機、ヨットなどを所有していた。 その私生活もまた、彼のカリスマ性を高める要素となっていた。 ザルツブルクの街では、彼の姿が見られることもあり、地元の人々にとっても象徴的な存在あった。 |
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| 「鍵をつるした橋」として有名なのは、**マカルト橋(Makartsteg)**。 ザルツァッハ川に架かる歩行者専用の橋で、旧市街と新市街を結ぶ重要なルートになっている。 - この橋の欄干には、**「愛の南京錠(Love Padlocks)」**がたくさん取り付けられている。 - 恋人たちが永遠の愛を誓って鍵をかけ、鍵の本体は川に投げ入れる。 - 南京錠には名前や記念日が刻まれていることが多く、色とりどりの鍵が橋を彩っている |
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| モーツァルトクーゲル(Mozartkugel)とは? クーゲルとドイツ語で『球体』 - 1890年、ザルツブルクの菓子職人パウル・フュルスト(Paul Fürst)が創作したチョコレート菓子。 - ピスタチオ入りマルチパン(アーモンドペースト)をヌガーで包み、さらにダークチョコレートでコーティング。 - ザルツブルク出身の作曲家モーツァルトにちなんで名付けられた モーツアルトのチョコレートには2つの老舗がある ①創業家:フュルスト(Fürst) - オリジナルの製造元で、現在もザルツブルク市内の4店舗でのみ販売。 - 手作業で製造され、青と銀のホイルに包まれた球形が特徴。 - 商標権は持っていないため、他社の模倣品が多数存在。 - 「オリジナル・ザルツブルク・モーツァルトクーゲル」として知られる �② 本家(量産型):ミラベル社(Mirabell)など - 工業的に大量生産され、スーパーや空港などで広く販売。 - ミラベル社は「真のザルツブルク・モーツァルトクーゲルン」という名称を使用。 |
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| ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791) -オーストリア・ザルツブルク生まれの作曲家で、古典派音楽を代表する人物です。 � ○幼少期: -神童の誕生 3歳でチェンバロを演奏、5歳で作曲を始めるという驚異的な才能を発揮。 -父レオポルトの指導のもと、ヨーロッパ各地を巡って演奏旅行を行い、王侯貴族の前でも演奏しました。 � ○青年期: -自由を求めて ザルツブルクの宮廷音楽家として働くも、保守的な環境に不満を抱き、25歳で辞職。 - ウィーンへ移り、フリーランスの音楽家として活動を開始。これは当時としては非常に珍しい働き方でした。 � ○私生活と創作 -歌手アロイジア・ヴェーバーとの恋に破れた後、その妹コンスタンツェと結婚。 -『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』など、数々のオペラや交響曲、協奏曲を生み出しました。 � ○晩年と死 -晩年は経済的に困窮しながらも、『レクイエム』など深みのある作品を作曲。 -1791年、わずか35歳で急逝。死因は急性リウマチ熱とも言われています。 �○映画『アマデウス』の描写 - サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬し、精神的に追い詰めて死に至らしめたという筋書き。 - 映画冒頭ではサリエリが「モーツァルトを殺した」と告白するシーンがありますが、これはドラマ性を高めるための創作です。 �○実際の歴史的事実 - サリエリがモーツァルトを毒殺したという証拠は一切ありません。 - 二人は同時代のウィーンで活動していたライバルではありますが、個人的な敵意があったという記録はなく、むしろ互いの作品を評価していたという逸話も残っています。 ○サリエリはモーツァルトのオペラ『魔笛』を観て「ブラボー!」と叫んだという手紙が残っている。 |
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| レジデンツ広場は、ザルツブルクの中心部にある。 この広場は、大司教の宮殿であるレジデンツと隣接しており、美しいバロック様式の噴水がある。、 |
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| 聖フローリアンは煙突掃除人と消防士、石けんの釜炊き人の守護聖人 | |||||||
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| ウンターベルク山(Untersberg)は、ザルツブルクの南西にそびえる標高約1,973メートルの石灰岩の山塊で、 映画『サウンド・オブ・ミュージック』の冒頭の空撮シーンやラストシーンに登場する。 ジュリー・アンドリュース演じるマリアが「The hills are alive...」と歌いながら立っている丘の背景に、この山が遷っている。 - ラストシーンでは、トラップ一家がナチスの追跡を逃れてアルプスを越えていく場面で、 ウンターベルク山が象徴的に使われている。 ただし、実際にはスイス方面へ向かうには別のルートが必要で、映画的演出としての山越え。 |
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ザルツブルグからインスブルックへ![]() 途中のSerwaysサービスエリアでトイレ休憩 |
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| インスブルックに到着 | |||||||
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| ホテルでの夕食 また肉料理、ちょっと胃に応える |
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| アルムドゥードゥラー(Almdudler) アルムドゥードゥラー(Almdudler)はオーストリアの清涼飲料水。 レモネードの一種で、ハーブエキスが配合されている。 ウィーンの実業家であるエルヴィン・クラインが考案し、1957年に発売開始した。 1973年に自社生産を取りやめ、他社に製造販売権を販売する形に変更した。 それ以降はオーストリアを含む数か国で、数多くのメーカーによってライセンス生産されている。 |
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| 毎食肉料理は胃にこたえる、もう少しあっさりした食事を考えてほしいものだ。 | |||||||
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