5.インフリキシマブ(レミケード)投与例からの結核発病
結核 80(10)647-653、2005
  Tumor Necrosis Factor−α(以下,TNF-α)は,腫瘍を壊死させる因子として発見され,主にマクロファージで産生され,好中球などの炎症細胞を炎症の場に動員し,浮腫,血液凝固活性を亢進するなど,炎症反応に関与するサイトカインである。インターロイキン1,6,8等の炎症性サイトカインの産生を促進し,ロイコトリエン,活性酸素,酸化窒素,プロスタグランジンなどを活性化させるなど,炎症性サイトカインネットワークの上流に位置し,クローン病や関節リウマチの活動期には,TNF−αの産生が尤進することが知られている。

最近,TNF−αの作用を阻害する生物学的製剤が開発され,クローン病や関節リウマチの治療に盛んに使用されるようになっている。TNF−α阻害剤は宿主の免疫能を減弱させるため,種々の感染症,特に結核を増加させることが知られており,欧米でキメラ型抗TNFモノクローナル抗体であるインフリキシマブ投与例からの結核が多発し注目されている。

結核感染防御機構におけるTNFαの役割は,大きく分けて2つある。1つは結核菌に対する活性化マクロファージによる抵抗機能で,マクロファージ自身による殺菌作用と,Tリンパ球の活性化およびThl型の免疫応答である。これらによって,宿主体内で増殖する結核菌の殺菌作用が発揮される。

もう1つはマクロファージを中心とした肉芽腫の形成反応であり,結核菌を細胞内に取り込んだマクロファージを中心として肉芽腫を形成し,結核菌を封じ込めることにより,結核の発病に抵抗する機構である。肉芽腫の形成に重要な線維芽細胞の増殖にTNF−αが作用し,IFN−γはマクロファージの活性化・ラングハンス巨細胞への分化を促進するのに関与していると考えられている。したがって,TNF−αの作用を抑えるTNF−α阻害剤を投与するということは,結核感染防御の面からは好ましいことではない。

 アメリカを中心として,主にクローン病と関節リウマチの患者を対象として,インフリキシマブ投与例からの結核の多発が問題となったT2)。1998年から2001年去月までの間に,約14万7000名にインフーリキシマブが授与され,70名の結核患者が発生しており,発生率は10万対47.6であった。70名中,64名が結核催患率10万対20以下の低蔓延国の患者であった。インフリキシマブ投与から,結核発病までの期間の判明している57名中30名までが,12週以内の比較的早い時期に発病しており,既感染からの内因性再燃と考えられる。結核を発病した70名中,肺結核22名,肺外結核40名と肺外結核が著しく多く,肺外結核では,播種型17名,リンパ節結核11名,腹膜炎4名,胸膜炎2名などであった。70名中55名が免疫抑制剤を使用し,70名中12名が死亡し,うち4名が結核死であった。

インフリキシマブ投与例からの結核の多発に対し,アメリカリウマチ学会ではツベルクリン反応をベースにした結核への注意喚起プログラムを作成し,2001年8月からその方法が行われている。インフリキシマブ投与予定者に対し,まずツベルクリン反応を行い,その結果,陰性であればインフリキシマブを授与する。ツベルクリン反応が陽性であれば胸部X線検査を行い,活動性肺結核が発見されれば,まず結核の治療を行い,結核の治療が終了してからインフリキシマブを投与する。また胸部X線写真で異常が認められなければ,化学予防を行いながらインフリキシマブを投与する。この結核への注意喚起プログラムが導入されて以来,インフリキシマプ投与後の結核発病例は減少傾向にあるとのことである。

 わが国でのインフリキシマブ投与の現状では,2002年1月にクローン病の治療薬として認可され,その後2003年7月に関節リウマチの治療薬として追加承認されたが,その副作用のため,関節リウマチに関してはリウマチ専門医のいる施設での使用に限定され,全例報告が義務付けられている。

投与開始後6カ月間の評価期間の終了した2,000例の分析では投与症例は男性418例,女性1,582例で,男女比は1:3.8であり,年齢は50歳代が最も多く709例(35.5%),次いで60歳代551例(27.6%),40歳代280例(14.0%)の順であった。

2,000例中11例が結核を発病しており,10万対550という,きわめて高い頻度であった。性別では男性4例、女性7例で,発病時の年齢は43〜76歳,平均65歳であり,発病時期は初回投与後50〜184日,平均106日であった。

lNHによる化学予防は全体の14.2%に行っていたが,化学予防例からの発病はなかった。発症した結核の種類は,播種型結核を含め,肺外結核は5例,肺結核6例であったが,肺結核6例中2例に肺外結核を合併しており,欧米のデータと同様に肺外結核が多く認められた。結核を発病した11例中,結核の治療歴のある症例はなかった。

インフリキシマブ投与前のツベルクリン反応では,未実施が2例で,発赤径10mm未満の陰性は4例であった。また陽性例でも発赤径の小さな陽性が多く認められた。これは,関節リウマチ自体の免疫力の低下,比較的高齢者であること,インフリキシマブ投与にはメソトレキセートの併用が義務付けられていること,ステロイドホルモン剤との併用も多いなどの理由が考えられた。

わが国でもインフリキシマブ投与例において結核が多発していることに対し,日本結核病学会予防委員会と日本リウマチ学会から合同で,「さらに積極的な化学予防の実施について」という勧告が出された。その中で,免疫抑制作用のある薬剤を使用している者では,ツベルクリン反応陽性の者,あるいは胸部]線上結核感染の証拠となる所見のある者,その他結核感染を受けた可能性が大きい者(例えば年齢が60歳以上の者など)で,医師が必要と判断し,結核の化学療法を受けたことがない者では,積極的に化学予防を行うことが望ましいとした。

この合同の勧告では,免疫抑制宿主を含む結核発病のリスク要因を持った者だけでなく,喀痰結核菌塗抹陽性患者と最近6カ月以内に接触があり,感染を受けたと判定された者,および胸部]線写真上,明らかな陳旧性結核の所見がある者であって,ツベルクリン反応が強い陽性で,結核の化学療法を受けたことがない者も,年齢に関係なく化学予防の適応になる者としている。

なおINHの投与については,6または9カ月間行うとしている。この両学会からの勧告のように,さらに積極的な化学予防が実施されることにより,免疫抑制作用のある薬剤を使用している者を含め,年齢に関係なく結核発病のリスクの高い者からの結核が減少することが望まれる。わが国における,TNF−α阻害剤の動向では,インフリキシマブ以外に,TNFレセプター阻害剤であるユタネルセプトが平成17年3月から認可され,使用されている。また非ヒト遺伝子に由来しない,完全ヒト抗TNF−αモノクローナル抗体であるアダリムマブも治験が行われており,平成19年に認可予定とのことである。

さらに,インフリキシマブは,現在,眼症状を呈するベーチェット病についての治験が開始されている。クローン病にしても,関節リウマチにしても,さらにベーチェット病にしても,結核を含む呼吸器科の専門医が関係しないところで,TNF−α阻害剤の治療が行われており,日本結核病学会予防委員会と日本リウマチ学会からの合同の勧告が出てはいるが,今後,TNF−。阻害剤使用時に,化学予防がきちんと行われるかどうかは疑問である。新しい画期的な治療により恩恵を受ける患者も多いが,それに伴って結核を発病する患者が増えないようにしなければならない。

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