結核菌検査に関するバイオセフティマニュアル
 結核より抜粋 80(6)2005
結核菌に対する対象別の消毒法と検査室の消毒法
消毒薬
結核菌
一般細菌
芽胞
真菌
ウイルス(HIVを含む)
消毒用アルコール(エタノール)×△〜○
イソプロパノール×△〜○
フェノール××
クレゾール石けん××
塩化ベンザルコニウム×△〜○××
塩化ベンザトニウム×△〜○××
クロルヘキシジン×××
ポピンヨード×
次亜塩素酸ナトリウム△〜○
グルタールアルデヒド
フタラール
過酢酸
界面活性剤×××

対象
消毒薬
作用濃度
使用法他
手指グルコン酸ヘキシジン4%スクラブ法
ポビドンヨード
塩化ベンザルコニウム(0.2%)・消毒用エタノール
グルコン酸タロルヘキシジン(0.2%)・消毒用エタノール
ポビドンヨード(0.5%)・消毒用エタノール
7.5%


スクラブ法
スクラブ法
ラビング法
ラビング法
医療器具・機械 グルタールアルデヒド
次亜塩素酸ナトリウム
過酢酸
両性界面活性剤
3〜3.5%
0.02〜0.05%

 ≧1%
60分以上浸漬
5分以上浸漬

60分以上浸漬
排泄物 次亜塩素酸ナトリウム
クレゾール石鹸液
フェノール
0.1〜1%
1.5%
3〜5%

排水規制
排水規制
実験室ホルムアルデヒドガス
24時間以上

 6.消毒および消毒薬の選択(表)
 「消毒」とは感染の危険がほとんどなくなるまで病原微生物を不活化する処置をいう。消毒は滅菌と比較して温和であり,芽胞の不活化はまったくできないか,たとえできても不十分である。また,熱処理でも100℃またはそれ以下の温度であれば,たとえ数時間加熱しても芽胞は死なないため滅菌ではなく,消毒である。

 ふつう消毒は消毒薬により行われる。消毒薬には多くの種類があり,微生物に対する有効範囲が一様でなく,また,人体に応用できるものとできないものがある。万能消毒薬は存在しないので,目的に応じて適切な消毒薬を選択する必要がある。
(1)一般の細菌に対する消毒薬
@消毒薬に対する細菌の抵抗性
 細菌を消毒薬に対する抵抗性から大まかに分け.強いものから順に並べると,「芽胞を形成している細菌」、「結核菌およびその他の抗酸菌」,「一般細菌」となる。
A消毒薬の種類と殺菌力の強弱
 消毒薬の殺菌力の強さを表す目安として,米国では「高水準(high)」,「中水準(intermediate)」,「低水準(low)」という分類が使用されている。
大まかに言えば,「高水準」は上記のスケールで最上位の芽胞でも時間をかければ不活化可能,
「中水準」は芽胞を不活化できないが抗酸菌には有効,
「低水準」は無芽胞細菌に有効,ウイルスには無効,という目安である。

 検査室では例外的なケースを除き,「高水準」に属する薬剤が必要な場合はほとんどなく,実際には「中水準」以下で十分であると考えられる。
 〈高水準〉…グルタールアルデヒド,フタラール,過酢酸
 〈中水準〉・・・消毒用アルコール類,フェノール系,塩素系,ヨウ素系消毒薬
 〈低水準〉…両性界面活性剤,クロルへキシジン,逆性石鹸

(2)抗酸菌に有効な消毒薬
 抗酸菌に有効な消毒薬は意外に少なく,選択の幅が狭く限られている。また,消毒薬の選択にあたっては刺激性が少なく皮膚に使用できるかどうかも重要な要素になる。抗酸菌に有効で皮膚に使用できる消毒薬は,エタノール系,ヨウ素系に限られる。次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系の消毒薬は金属に対する腐食性が強く,抗酸菌に対して効果がやや弱い。「消毒薬の抗微生物スペクトル」,結核菌の消毒を目的とした「対象別の主な消毒薬の濃度および作用時間」をそれぞれ表に示した。

@消毒用アルコール類
 アルコール類の殺菌作用には水分の存在が必要であり,エタノールは普通70〜80%濃度で使用されるが,この濃度範囲では殺菌効果に大差はなく,50%以下の濃度では殺菌作用が急速に低下する。培養した結核菌に対する70%エタノール水溶液の殺菌作用時間は約5分程度と言われている。刺激臭があるがイソプロパノールの50%水溶液もエタノールの70%水溶液と同等の消毒効果がある。他方,メチルアルコールは殺菌作用が弱く,毒性が強いために常用の消毒薬として使用されることはない。エタノールの沸点78.3℃,イソプロパノールの沸点82.7℃で,いずれも引火性の物質なので清拭時の引火に注意する。アルコール類による消毒の作用機序は微生物のタンパク変性または凝固である。

Aフェノール系消毒薬
 フェノール系消毒薬としては石炭酸とクレゾール石鹸液があり,作用機序は細菌細胞壁の破壊と細胞質のタンパク変性である。いずれも排水規制のために現在,使用されていない。しかし,結核菌に対し殺菌力が強く,結核予防法でも結核菌の消毒薬として認められているので記載しておく。使用する場合は必要最小限度の使用に留めるべきである。
 a)フェノール(石炭酸:C6H60)
 フェノールは消毒薬の中で最も古くから使用され,有機物存在下でも安定した消毒効果が得られるが,特有な臭気と皮膚刺激性,組織毒性があるため皮膚消毒には便用できない。フェノールは細菌のタンパク質を凝固・変性させて殺菌する。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,1〜2%フェノール水溶液で5分前後,5%水溶液では30秒〜1分で死滅させる。

一般的な使用濃度は1〜5%とされている。フェノールは強力な殺菌力を有する反面,人体にも有毒なので,実験室で常用する消毒薬としては不適切であり,必要最小限度の使用頻度に留めなくてはならない(排水規制)。

 b)クレゾール(C7H80)
 クレゾールには3種類の異性体があるが,殺菌作用にはほとんど差がない。クレゾールはフェノールよりも強い殺菌力を持つが,難水溶性なので石鹸と混和して易水溶性にしたクレゾール石鹸液(saponated cresoI solution)が用いられる。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,0.5%クレゾール石鹸水溶液で60分,1%で45分,2%で10分,5%水溶液では5分で死滅させる。
濃度は一般に1〜3%とされている。クレゾール石鹸液もフェノールと同様に,実験室で常用消毒薬として使用してはならない(排水規制)。

B両性界面活性剤
 両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン)は結核菌に対して有効な数少ない消毒薬の一つだが,フェノールよりも効果が落ちるため,常用濃度(0.2〜0.5%こ希釈)と作用時間(120分以上接触または浸漬)に注意しなくてはならない。本消毒薬は結核菌に対しあまり強くないので,結核菌検査に用いた器具など汚染が激しいと考えられるものでは,さらに高圧蒸気滅菌処理を施してから廃棄するとよい。両性界面活性剤では,陽イオンが活性能をもち,微生物細胞膜の変性を起こし,陰イオンは洗浄力をもつ。
Cアルデヒド類
 a)グルタールアルデヒド
 アルデヒド基(−CHO)は細菌タンパクの活性基と反応し,強いタンパク凝固作用を起こすために,強力な殺菌作用を示し,その他,DNA合成阻害,細胞壁の障害作用もある。消毒用アルデヒドとして用いられているのはホルムアルデヒド(CHOH)とグルタールアルデヒド〔OHC(CH2)3CHO〕であるが,ともに特有の臭気があり,眼や気道粘膜を刺激する。殺菌力はアルデヒド基の化学的活性が増すアルカリ性のほうが強い。

 病院等で「使用後の内視鏡の消毒洗浄処理」に用いられるのは,3〜3.5%グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液の中に1時間以上浸漬する方法である。グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液は約2週間継続して使用可能とされているが,使用直前に緩衝化剤(重炭酸ナトリウム)を添加した後は溶液が不安定となり,消毒薬としての抗微生物活性が経時的に低下する。1週間に1回,新しい消毒液を調製して使用するのが望ましい。

 消毒薬として一般に常用されるグルタールアルデヒドの濃度は2〜2.25%であるが,この濃度では一部の非結核性抗酸菌(M.abscessus、M.chelonae等)に対する殺菌効果が不十分な場合のあることが知られている(結核研究所では3〜3.5%濃度で使用)。
b)「ホルマリン薫蒸」による実験室全体の消毒
 実施頻度は少ないが,バイオハザード実験室の空調設備や電気設備の点検・修理または高性能フィルター(HEPAフィルター)交換の場合には,工事の前後に「ホルマリン薫蒸」による室内の消毒が行われる。「ホルマリン薫蒸」の実施要領は,「3×6×2.5m(W×D×H)」について,
(a)「局法ホルマリン水1.8リットルと過マンガン酸カリウム900g」を耐熱性容器に入れ,ホルムアルデヒドガスを発生させる。または,
(b)「2倍希釈局法ホルマリン水1.8リットル」をホルムアルデヒドガス発生器に入れて,ホルムアルデヒドガスを発生させる。薫蒸中はガスの漏洩を防ぐため実験室ドア周囲の隙間はガムテープ等で密封する。
(a),(b)ともにホルムアルデヒドガス発生後は24時間以上,実験室を密封状態のままで放置し,その後に換気して室内を洗浄する。

c)フタラール製剤
 フタラールはオルトフタルアルデヒドと呼ばれ,アルデヒド系の消毒薬であり,わが国では2001年11月に発売された。本剤は高水準消毒薬に属し,軟性内視鏡消毒薬として米国消化器内視鏡看護者協会(SGNA)などで推奨されている。フタラールは脂質に富んだ細胞壁に取り込まれやすく,抗酸菌を含む各種栄養型細菌,真菌に対し迅速に殺菌力を発揮する。各種ウイルスにも迅速に不活化作用を示す。但し,細菌の芽胞を殺菌するためには時間を要し,0.43%の濃度では10時間で殺菌されたとの報告がある。本剤は有機物と反応して着色する性質があり,このため医療器具類に着色を認める場合がある。衣服に付着した場合は黒色棟に着色し,洗濯・漂白を行っても落ちない場合がある。
D過酢酸(エタンベルオキソ酸)
 過酢酸はわが国においては2001年10月に承認された新しい消毒薬である。内視鏡などの医療器具の消毒に用いられるグルタールアルデヒドに代わる消毒薬として注目されている。過酢酸は希釈や加熱になどより分解し,過酸化水素と酢酸を生ずる。過酸化水素は酸素と水に,酢酸は微生物の作用により炭酸ガスに分解される。本剤はグルタールアルデヒドよりも短い作用時間で微生物を殺菌し,しかも毒性が弱く,環境汚染の影響も少ない消毒薬といえる。また,グルタールアルデヒドに抵抗性を示す一部の抗酸菌も短時間で殺菌するとされている。有機物の存在下でも有効である。
E即乾性消毒薬
 即乾性消毒薬は消毒薬を水溶液ではなくアルコール溶液とした製剤で,手指消毒薬として広く用いられている。アルコールは速効的に微生物を殺菌し,抗微生物スペクトルも広い。しかし,持続性が期待できないため,消毒薬を添加することでこの作用を持たせた。即乾性消毒薬は手指消毒に使用するものと手術部位の皮膚消毒に使用するものとに分けられる。

手指消毒用は手荒れ防止にエモリエント剤が含まれているものが多く,一方,手術用はこれを含まない。CDCでは流水と石鹸による手洗いを勧告してきたが,手指に目にみえる明らかな汚染がない場合はこの手洗いの代わりに即乾性消毒薬による手指消毒を推奨している。

(3)消毒薬の廃棄処理
@手洗いの排水の滅菌処理
 バイオハザード実験室の日常の手洗い等による(消毒薬を含む)排水は,自動的に専用の貯留タンクに集められ,定期的に高圧蒸気滅菌を施して廃棄処理できれば理想的である。
A使用済み消毒薬の廃棄処理
 消毒薬によっては使用済みの液は,その都度,特定の専用容器に移して貯留・密封し,廃棄物の専門業者に処理を依頼しなくてはならないお)。また,バイオハザード実験室で使用した「有毒な有機溶媒や薬物」等を廃棄処理する場合にも,同様の措置が必要となる。

7.紫外線灯の殺菌効果
(1)紫外線の性質と作用
 紫外線の殺菌作用は260mm付近の短波長が最も強い。市販の殺菌灯は253.7mm付近の波長を照射できる。殺菌灯の構造は,蛍光灯と類似しているが灯管には石英ガラスを使用している。殺菌線量は放射照度(μW/cm2)に照射時間(分,秒)を乗じて表す。

 殺菌灯と被照射体の距離が閉れたり,低温下では照射エネルギーが低下する。紫外線は直進作用があり,物体の内部には透過しない。したがって,紫外線は表面殺菌の効果しかない。安全キャビネット(クラスV)に殺菌灯を用いるときは,放射照度仰μW/cm2が必要とされている(NSF基準)。紫外線灯の殺菌効果は十分信頼しうるものと考えられるが「効果は照射距離の2乗に反比例する」ので,なるべく対象に近づける必要がある。

 殺菌灯は室温20℃で無風時にランプ表面が約40℃となり殺菌効果が良く,相対湿度が00〜70%RH(re1adve humidity)になると殺菌効果が低下する。これ以下では変動は少ないとされている。

 紫外線の殺菌作用は,分子の励起によって不平衡状態ないしは反応性増大の状態になり,微生物の核タンパク質構造が変化し死滅すると考えられている。同時に,紫外線は微生物細胞の染色体上で“不可逆性のcyclobutane型・thymine2量体”を形成させて,遺伝的変異を惹起することにより殺菌作用を示すことも知られている。

(2)結核菌と非結核性抗酸菌に対する紫外線灯の殺菌効果
 結核菌も他の細菌と同じく,太陽光線中の紫外線に対しては比較的抵抗力が弱い。しかし,紫外線は水やガラスに吸収されるので,菌浮遊液による実験の場合は液層や液量,濃度が問題となる。

 喀疾中の結核菌については古くから多くの成績があるが,喀痕をできるだけ薄く塗りつけた場合,2〜3時間から7時間の直射日光曝露で死滅するとされている。

したがって,衣類や寝具の滅菌は日光消毒によるのが最も簡便確実である(患者の用いたものは表裏を半日ずつ強い直射日光に当てれば十分滅菌の目的は果たしうる。

 室内の消毒を目的として紫外線灯を殺菌灯として用いるのは効果的であり,できれば近接移動照射が可能であれば効果はより確実である。ただし,遮蔽物の陰になる部分では効果がないので,その点に留意する必要がある。

 市販の殺菌灯は,10W50cmの距離で,液層5mmの0.1mg/mgの結核菌は3分で培養不能となり,同じく10W75cmの距離で,ガラス管中の1mg/mlの結核菌は10分で全く集落の形成が認められず,1分ごとに培養してみると対数直線で生菌単位数が減少したとの報告がある。他方,紫外線の抗酸菌に対する殺菌効果は,結核菌ないしほ乳動物の抗酸菌種に強く自然界由来の抗酸菌では弱いことが知られている。
(3)実験室内における紫外線灯使用上の注意事項
 紫外線は人体に対し,眼や皮膚に障害(白内障,紅斑症など皮膚炎)を起こす。このため,点灯中は保護眼鏡着用,露出皮膚を覆うなどの点に注意する。また,安全キャビネット,作業室では使わない時だけ殺菌灯を点灯する方法が良い。バイオハザード実験室内には必ず紫外線灯を常備し,バイオハザード実験室内およびセーフティキャビネット内の紫外線灯は,作業終了後,かならず点灯する。

 紫外線灯の標準的な有効照射時間は約2,000時間とされており,殺菌灯の放射照度は紫外線メーターで点検することができる。規定照度の70%以下に低下した時は新品と交換する。殺菌灯の表面が汚れると殺菌効果が低下するので,95%エタノールまたは希釈アンモニア水で湿らせた布で1〜2週間ごとに清拭するとよい。

 殺菌灯の中にはオゾンを二次的に発生するものがあ る。バイオハザード実験室内では,「オゾンレスの殺菌灯」を使用するのが基本である。


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