ビナロス→ペニスコラ→カステジョン |
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朝、ビナロスの町の中を散歩してみた。近くに市場があるので入ってみた。結構にぎやかで活気がある 。
入り口に祭り用の大きな人形が置いてある。中に人が入って担ぐようになっている。相当な重量だ。
朝食は簡単でカスクートのようなものと紅茶とインスタントコーヒーだった。冷蔵庫からCHUFIというものを出してきて健康にいいから飲んでみてはと勧めてくれた。
コーヒー牛乳を薄くしたような色で味は甘酸っぱい感じだった。 ヨーグルトのように少しどろっとしているので水で薄めて飲んだ方がいいとのことだった。 スペインでは常番の飲み物だそうだ。 雑誌”るるぶ”によるとオルチャータHorchataというものらしい。
ペニスコラ城はもともとはイスラム教徒の要塞であった。13世紀にアラゴン=カタルーニャ連合王国のハイメ1世がこの城をイスラム教徒から取り戻した。(レコンキスタ)。その後、テンプル騎士団の所有となった。
現在のペニスコラ城は聖堂テンプル騎士団員による建築で、14世紀にモンテシアーノス団員が完成、その後、ルナ教皇によって修復が行われた。 半円アーチ形の正門は、両側に突き出た四角い塔に守られている。この塔には聖堂最初の騎士団長の紋章が刻まれた切り石が見られる。 この門を入ると、右手に城の最初の付属建築物がある。これらの一つに古い貯水槽がある。左手には長方形の大サロンがあり、わずかに尖塔形をした丸天井を持つ古い厩舎や他の部屋が奥の方にある。 城内部に、小さな広場または軍隊用中庭があり、これは広くゆったりしたものである。この右がベネディクト13世の邸宅であった宮殿で、一番高い部分にはぺドロ・デ・ルナの最初の書斎があり、その扉の上には軍の紋章が刻まれている。 軍隊用中庭の反対側には城の教会がある。礼拝堂は長方形で他の棟を有さず、天井は半円筒等窪になっており、古くは聖母マリアと三賢人が祀られていた半円形後陣を持つ。この後陣には非常に古い香部屋がある。
教会と司教宮殿の間にはゴシック様式の広いサロンがあり、丸天井と細工を施した切り石造りの壁が見られる。半円アーチ形を持つ扉には、騎士団長カンフォナの紋章が刻まれており、三つの幅広い大窓と中庭に面した二つの二重窓から差し込む光に照らし出されている。正面には小さな扉があり、ここから宮殿へとつながっている。 軍隊用中庭に面した礼拝堂の扉の所から、急勾配の階段が広い大広間まで降りており、小さな銃眼や天井の採光窓から照らし出されている。大広間の一方には砦の古い地下牢への扉がある。 城の外には、岩を切って作られた目も眩むような階段が残っており、海岸に面した天然の桟橋まで降りている。
昼食は地元の人がよく行く、セルフサービスの店に入った。城の近くのレストランは観光客用でエクスペンシブだそうだ。
この店はリーズナブルな値段でうまいものが食べられるそうだ。 見回すと電気工事をしている男達が作業服のまま食事をしていた。 皿に料理を入れて出してくれる、いわゆるタパスというものだ。バルで出すのはもっと小さな皿だがレストランでは皿が大きく量が多くなっている。
トマトをすり込んだフランスパン、ガーリックパンというのがったと思うが、これもシンプルでうまい。しかし毎食、食べるならやはり食パンだろう。 イカのリングフライが意外とうまかった。これは日本人に合う料理だ。 大きななすなので大味かと思ったが、このなすびのフライもうまい、 パエリヤは冷えていたので味はもう一つだった。冷えたオムライスを食べた感じだった。 海鮮サラダ(ポテト、エビ、その他?)は日本のと変わらず、全部食べてしまった。 料金は忘れたがレストランで食べるよりはかなり安くてうまかったと思う。 ペニスコラを見物した後、カステジョン(castellon)、正式にはカステジョン・デ・プラナという、プラナは平たいという意味だそうです。”平地のカステジョン”ということになります。 カステジョンに着いたのは午後7時を過ぎていたがまだ明るかったので公園を歩いてみた。かなり大きな公園で木がジャングルで見るような高い木が多く、少し日本の公園とは違った感じであった。 以下にカステジョン市内の写真を掲載します。旧市街には古い建築物がたくさん残っています。
夕食に出たスペイン風オムレツ、日本の厚焼き卵のような感じだが、少し砂糖が多い。
レストランやカフェで見ていると砂糖をかなりたくさん入れている。 付いてくるシュガーも大体2袋、時には3袋付いてくる。ちょっと砂糖の摂りすぎではないかと思う。 夕食を済ませて町の中を歩いたら、大騒ぎだった。というのはサッカーのヨーロッパ選手権でスペインがロシアを破って決勝戦に進出したからだった。 スペインチームの旗をまとって若者が走り回っていた。しかし、特に危険な様子はなかった。 今夜も歓声がすごかったが疲れていたのでぐっすり眠ってしまった。
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