6月29日(日)モンセラット→バルセロナ 5日目 
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モンセラート(モンセラット、セラト山、スペイン語:Montserrat)
スペインカタルーニャ州のバルセロナ近郊にある山である。
アーサー王の聖杯伝説に登場するベネディクト修道院がある。

モンセラートとは「ギザギザな山」という意味があり、遠くからも見ることができる山肌の形状に由来している。
ピンク色の礫岩などの堆積岩によって構成されている。これらは登山家にはよく知られている。

修道院へは道路が整備されている他、バルセロナからカタルーニャ公営鉄道を利用し、谷間を通るモンセラートラック鉄道に乗り換えていくことも可能である。

修道院から先はケーブルカーを利用して頂上まで行くことができる。
その途中には、かつては隠遁した僧たちが生活していた今では人気のない小屋を見ることができる
引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

ロープウエィの左手に修道院の建物が見えます

この橋の上からバンジージャンプするやつがいる?

かなり年期の入ったロープウエィです。

モンセラット駅に到着した登山電車、線路はアブト式になっている。

さらに上に登るケーブルカー(フニクラ)

岩の溝のような所にケーブルカーの線路が見える

聖ヨセフ像
上左の像:聖ヨセフ
ナザレのヨセフないしイオシフは新約聖書に登場するマリアの婚約者、夫にしてイエスの養父。職業は大工であったという。キリスト教の聖人で、祝い日は3月19日。

『マタイによる福音書』によれば彼は婚約者のマリアが孕んでいることを知ると、律法に忠実な義人であればマリアを不義姦通として世間に公表した上で離縁するところだが、そうせずひそかに縁を切ろうとしたが、『マタイによる福音書』では夢にあらわれた天使の受胎告知によってマリアと結婚した。マタイおよびルカ福音書ではマリアは聖霊によって孕んだとあるため、ヨセフは伝統的に「イエスの父」ではなく「イエスの養父」と表現される。

福音書の記述からイエスのほかにヤコブ、ヨセフ、ユダ、シモンの4人の息子と2人の娘をもうけた可能性が示唆される(カトリックではアラム語の慣用から甥・姪だったとする説が主流である)。これらの人物がヨセフの子だとする場合も、母が誰かについては議論があり、伝統的に東方教会ではマリアの前にいた前妻の子だと考えている。プロテスタント教会は、多くイエスと同じくマリアの子どもたちだとする。

労働者の守護聖人であり、大工であったヨセフの像はしばしば大工道具を手に持っていることがある。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より一部引用

午前中、聖母像を見学する人が列を作っており、1時間はかかりそうな様子だったので先に食事を済ませることにした。
午後になるとほぼ待ち時間はなく見ることが出来た。

黒い聖母を見るため列を作って階段を上る。お寺のご開帳のような印象

右手、上に黒い聖母が見える

黒い聖母
後で気がついたが聖母の右手の先端が保護ガラスの外に出ている。この手を触ると御利益があるとのこと。気がつかなかった・・・残念・・

黒い聖母が安置されている裏側に礼拝堂があり聖母の後ろが見えるようになっている
黒い聖母
一般に黒い聖母マリア及び聖母子の画・像。
聖画・像がただ単に黒ずんだものもあるが、キリスト教信仰以前にオリエント一帯に広まっていた大地母神信仰が吸収されたものともいわれる。
引用: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

昼食で入ったカフェテリア、修道院とは思えない・・・

パン、ポーク、トマト・なすび、とりたてて珍しいものはありませんでした

ソーセージは少し焼きすぎ

食後のデザートにジェラートを買いに行こうとしたら、一瞬の差で数人の肥満気味の女性に先を越された。注文がなかなか終わらない。店の人も急ぐ様子もなく待っている。イライラする・・・。待っていたが順番が来ない、今日は食べるのをあきらめた。

アニスとはセリ科カノツメソウ属の薬草でギリシアからエジプト地域が原産である。特に種子のアニシードはよい香りがして、強い甘みがあるため、 リキュール に用いられることが多い。

モレヤのレストランでサービスしてくれたハーブ酒と同じものだろう

日本の寺院の灯明のようなものだろう、ろうそくを買って置いていく、一度に何本も抱えている人もいた。これだけの本数になると近づくと熱気がかなりある。風で消えないように筒が付いている。
 
モンセラットを後にバルセロナに向かう。今夜の泊まりのホテル『rupotel Granvina』の位置が分からない。一端、車を止めて付近を探したらあった。旧市街は道が入り組んでいるので近くに来ても場所が分からない。

夕暮れのカタルーニャ広場、右手に見える建物がデパートの『エル・コルテ・イングレス』、地下にスーパーマーケットがある

ランブラス通り、大阪の御堂筋のような感じ

ランブラス通り

バルセロナの台所『サンジュセップ市場』

プラタナスの並木のランブラス通り
バルセロナで一番人気のある遊歩道で世界で一番人通りの多い遊歩道と言われている。
“ランブラ”はアラビア語Ramla:水路に由来する。乾期に通り道として使われたが季節により川になる。14〜15世紀の市の拡張に伴い、城壁が壊され、ランブラは埋めたてられ、遊歩道になった。16世紀に遊歩道に並木が植えられた。17〜18世紀、上流階級がそれまでの貴族や修道僧に代わってこの付近に住み始め、ルネッサンス様式の豪邸が建てられた。

夕食に入ったレストラン 『Cafe de L'Opera』
http://www.cafeoperabcn.com/jap/Historia_jap.htm

店の中はこんな感じ、これがクラシックな店のスタイルらしい

パタタス・ブラバス(Ptatas Bravas)ジャガイモのフライにブラバソースをかけたもの

肉団子のような・・・?
この店のある場所は18世紀の末、バルセロナ郊外の村やサラゴサ、マドリッドなどへ向かう馬車の出発地点であった。この店もこの時代に“酒場兼宿屋”として営業が始まったとのことである。

本日はスペインとドイツのヨーロッパ選手権の最終日
バルの中、前は人でいっぱい、点が入るたび大歓声

ホテルのエレベータ内の案内、『ドイツ対スペイン、最終戦はバーで見てください』

ランブラス通りは大騒ぎ、並木に登って旗を振っている者もいる

バールのテレビの前に人だかり、点が入るたびに大歓声

優勝直後のカタルーニャ広場

ランブラス通りでパフォーマンス中の人

見つけた、マック!! 残念ながら今回は食べる機会がなかった.。
優勝したときの大騒ぎの動画ファイルです。
下のは画像をクリックしてください
今夜はスペインがドイツを下し、ヨーロッパ・サッカー選手権に優勝しました。
バルの前にはテレビが置かれ、通りを歩く人が集まって試合を見ていました。
すごい熱気です。カールニャ公園に入る道路も一部閉鎖して歩行者専用になっていました。
警官も大勢いましたが特に取り締まる様子もありませんでした。

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