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 2006年8月28日 
 クラインマッタホルン

 朝6時45分、朝焼けのマッターホルンが部屋のベランダ(バルコニー)から見えた。
早速デジカメで撮影した。この時撮影しておいてよかった。
その後は曇ってきて天気が悪くなり雲に隠れるようになった。
 朝食はこのホテルは7時半だった。
予約時の確認書には朝はコールド・ミールと書いてあった。
インターネット調べたらコールド・ミールとはスープとか目玉焼きとかの暖かいものが
出ない食事、要するにコンチネタルのことだった。
しかし野菜が出ないのは情けない。
やはり、生野菜がほしい、ジュースがその代用ののかもしれない。
せっかく、マッターホルンを見に来たのだから、一番高いところに上がりたい。
朝食を済ませたあと8時半頃、ロープウエィの駅に行き、
最初の乗換駅フーリに向けテレキャビンに乗り込んだ。
スノボーをやスキーを担いだ人、トレッキングスタイルの人、
我々は少し場違いの様相だった。
フーリからトロッケナー・シュテークに向けロープウェイに乗り換えた。

フーリーからツェルマットを望む

トロッケナーシュテーク向けロープウェイ

トロッケナーシュテ-ク(2923m)駅
2人組のスノーボードを持った若い女の子に聞いてみた。日本人だった。
彼女らはスノボーの競技に参加するため夏もここで練習しているとのことで約2ヶ月滞在している。
昼は練習し、夜はアルバイトしているとのことだった。
日本政府からはスノボー選手には助成がないので自前で練習に来ているとの話だった。

乗り換えたロープウエィで登山スタイルの日本人の青年(?)にあったので彼に話を聞いてみた。
2週間ほどツェルマット滞在するそうで、マッターホルンに登りに来たそうだ。
マッターホルン登頂といっても比較的上りやすいルートがあるそうで地元のガイド付きで登るのだそうだ。
今日は体慣らしのため上の方で歩くそうだ。
ただ今年は雪が多いので、マッターホルン登山は中止になっている可能性もあるとのことだった。 

クラインマッターホルンの駅のトンネル

トンネルからエレベーターで上るとレストランがある。

早く来すぎてレストランは閉まっていた

氷河が見える
クライン・マッターホルンに到着、だれも観光客らしき人はいない。
展望台も人気なし、レストランもまだ開いていない。
目の前にマッターホルンが見えるが下からの方が形はよくない。
見る方向でずいぶん違って見える。
朝方と違って曇り始めたので空の青さはまったくなく、灰色空が広がっている。
セーターを着てアノラックも上から着ているが、かなり寒い。
早々に引き上げた。 

レストランの屋上の展望台からマッターホルンを望む
標高3883m

トンネルを抜けたらスキー場

キリストの十字架がある。
下に英語で『Be more humann』と書いてあった。
マッターホルンの形状が麓から見るのと少し違う。
ツエルマットに戻って町の中を散策してみた。ホテル・モンテローザがあった。
壁にウィンパーのレリーフがはめ込まれていた。開業当時とほとんど変わっていないとのことだ。
教会の前の墓地にはマッターホルンに挑戦して死んだアルピニストの墓がある。

駅までの道で『MYOKO』というすし屋の案内が出ていた。
よく綴りを見ないで『ミヨコ』と読んで、日本人の女性の名前と勘違いした。
その後、『妙高MYOKO』とツェルマットの友好都市記念碑を見て間違いに気がついた。

駅前の土産物屋で何か買っていこうと思って入ってみた。
スイス・アーミーナイフの売り場にたくさん観光客がいたのでナイフを買って帰った。
ここの売り場はナイフの柄にネームを入れるサービスをしていた。
(値段は他の町の方が安かった。しかし、ネーム彫り代がが含まれていると思えば同じくらいか・・・) 

ウィンパーはマッターホルンに初登頂(1865年)した人
登頂後の下山中にザイルが切れ4人が死んだ。
ホテルモンテローザはウィンパー親子が定宿にしていた。

ツェルマットと京都は姉妹都市と思ったが違った。
京都ツェルマット教会との記念碑だった。
その左が妙高高原との友好記念碑。

ツェルマット名物電気自動車

ホテルは町の奥だがマッターホルンの見晴らしは抜群、
しかしサービスは・・・。

無線LANのアクセスポイント
2階の廊下の壁に設置してあった。
 ホテル『アンタレス』ではインターネット可。
フロントで無線LANのアクセスキーを聞いたら教えてくれた。当然、無料。
※しかし、ホテルの部屋にデジカメの充電器を差し込んだまま忘れてしまった。
翌日ベリンゾーナから電話で探してあるようなら着払いで日本へ送ってほしいと頼んだ。
さらにその翌日にミラノからE-mailであるかどうか返事をして欲しいと2度送ったがまったく返事なし。
日本のホテルではビジネスホテルでもこれくらいは気を利かせるだろう。
サービスの点ではまだまだ、だめだ。

たまたまスーパーで会った旅行社の添乗員さんのお薦めの
ワイン『ハイダHEIDA』

地元人が買っていったワイン『FENDANT』
3.8ユーロ(約570円)
少し、発泡性で口当たりはいい。
レストランでもハウスワインのこれとよく似ている。
 少し、昨日の夕食が濃すぎたので、少しあっさりしたものがほしくなった。
駅前のスーパー(COOPと書いてあったが日本の生協とは違う)に行き、パン、ハム、野菜、ワインを買い込んだ。
ワインは維地元の人が買っていたので同じものを買った。
少し昼食には早かったがバルコニーで食事をした。
ワインは白で少し発泡しており下戸には口当たりがよかった。
全部飲めなかったのでバルコニーに出しておいた。
翌日飲んだが適当に冷えており丁度よかった。

マッターホルンを見ながら昼食、
生ハムサンド、ワイン、野菜サラダ

ツェルマットのスーパーCOOP
日本の生協とは関係ありません

しかしレジのおばさんが何で座ってレジを打っている・・・。
日本では見られないがヨーロッパでは普通のようである。 

レジの横には日本語で
貼り紙がしてあった。
確かに日本人観光客が多かった。
 食事を済ませた後、ゴルナーグラート(3080m)へ向かうことにした。
人が意外と少ない、電車はがら空きで出発した。
線路を見ると線路の真ん中にギザギザのアブト式レールが見える。
パンタグラフは平行に2つある。
おそらくアブト式の第3軌道があるのでレールに電気を流せないのだろう。
ゴルナークラート(3089m)に着いたが天気が悪くなり、雲に覆われ始めた。
おまけに雪まで降り始めた。仕方がないので頂上のホテル(Kulm Hotel Gornergrat)に
入って天気の回復をまつことにした。

ゴルナーグラート(3080m)

Kulm Hotel Gornergrat
  カフェテリアは少しごった返していた。コーヒーを飲んで時間を潰すことにした。
セルフサービスでコーヒーサーバーをみると日本語でも書いてあった。
エスプレッソ、コーヒー+牛乳(?)、カプチーノというボタンがあった。
2つめがよく分からない、おそらくカフェオーレのことだろうと思ったが間違いなかった。
(カフェラテはエスプレッソ+牛乳)
天気がよければ窓からの景色は抜群だろう。

本物のセントバーナード犬

カフェ
ところでホテルの入り口のロビーにセントバーナード犬が2匹、
動かないのでぬいぐるみと思っていたら、やおらカメラをぶら下げて男が現れたら、
2匹が目を開けて首を持ち上げた本物だった。
有料で犬と一緒に撮影してくれるそうだ。 

ホテルのすぐ横に氷河が通っている

ホテルの上に登った所から見た氷河
上方に晴れていればモンテローザ(4643m)が見える
かなり待ったが天候は回復しそうにない。
それでホテルの横から最高峰の展望台に登った。
氷河が見えるが上方の山は雲をかぶって全く見えない。
雪が降って来て、風がきつい。周囲には観光客はだれもいない、なにか工事をしているらしく、セメントをこねている人が数人いるだけだった。 

クルム・ホテル・ゴルナーグラートの
トイレ便器の中にハエが? 3000mの高地にハエ?

小便を正確に落とすための目標に
描かれた絵。
以前、テレビのクイズで出ていた。
 3100mの高地のトイレの便器にハエが?
仕方なくゴルナークラート駅に戻り、電車が来るまで10分くらいあるので土産物店で時間をつぶした。
上がりの電車がやって来てこれに乗りこんだ。
がら空き状態で電車は発車した。
ローテンボーデン駅に着いたら天気は悪いが、雪は降っていなかったので途中下車した。 
 
ローテンボーデン駅
 
下るコースは途中で2つに別れる、片方が湖に行くコース

リッフェッルゼーからゼルマット方向を望む
湖というよりは池だ

マッターホルン方向を望むが雲で見えない
ハイキング道の前方を見ると雲が広がっていた。
下るにつれ雲の中に入り、目の前は見えなくなった。
少し雲が消えて駅とおもったのはホテルだった。
その後方にリッッフェンベルグの駅が見えた。
駅舎の中に入り電車の来るのをまった。
定刻通り電車来て乗り込んだ。
駅付近は雲が消えていたが、上の方は雲がかかりまったく見えなくなっていた。 

駅が見えたと思ったが・・・

駅と思ったがホテルとレストランだった

リッフェンベルグ駅

リッフェンベルグからの下りでトンネルを抜けた
ところに見えた滝

山の上は雲でまったく見えない

ツェルマット駅前の馬車
ツエルマット(1620m)から上を見たが雲でまったく山は見えない。
駅前ではホルンの演奏が行われていた。
この音を聞くとさすがにスイスに来たという感じがする。
なかなかいいパフォーマンスだ。 
本日の予定は終了、明日はまたドライブになる
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